1 名無し
私は頭がおかしくなり、精神科へ入院しました。その時も、私の事で、お金が消えてゆく、交通事故とかだったら少しは堂々と入院ができ、休養できるのにとずっとずっと悔やんで、父に謝りの手紙を毎日書きました。反省文みたいなものです。ちょうど、受験シーズンでした。諦めがついたから、よかったんですけどね。出席日数が足りなかったし、勉強だって授業に出てないから自分で教科書しか、勉強する物がないので、仕事?の合間に自分流の勉強をしてました。でも答えが分からない、教科書に答えがなかったから、それに聞く人もいなかった…結局、漢字、足し算、引き算
私の頭の中は小学3〜4年ぐらいでとまってました。
字だって、書いてなかったからものすごく汚いです。
退院して、卒業式を迎え昼間は、母の職場で働く事になり、わずか15歳で、家を飛び出しました。二度と帰らない覚悟で。私なりの仕返しでした。母には職場でそこそこ上の人だったので顔に泥を塗ってやろうと、出勤二日目に、睡眠薬を大量に飲み、倒れて運んでもらいそして無断でやめました。働いてない父には、もうお金を入れないと。家を飛び出して、とりあえず私は公園生活が始まりました。幸せだった。一番自分らしく生きてたような気がします。でも、私は未成年…父、母の知らない遠いところへ…その時助けてくれたのが今の夫なんです。
不思議な事に、何回も家に帰りたくなりました。今までと全然違う環境に耐えられなくて。
旦那の両親から美味しいご飯を食べさせてもらって、こんなに楽していいのか?こんなに贅沢していいのか?私にそんな権利はあるのか?苦しくなりまたあの生活に戻りたくなりました。夫は一生懸命、止めました。私の為にも、両親の為にもならないからと。
今、懸命に生きてます。今からでも遅くないから、字は通信講座で練習をし、勉強はドリルや教材を買って、夫に分からない所は教わり。
他にもやらなければいけないこともあります。睡眠薬を飲んでいた為、免許は原付のみとりました。
そして睡眠薬もやめました。ずっと飲んでる訳には行きませんから。やめた後の副作用に苦しみ、それでもやめるから!と頑張りました。
私は世間知らずで、常識もあまり分からなく、頭が弱いです。そのままは嫌だから、ちゃんとした大人になりたいから。
私は、いつか楽になるよ。時が救ってくれるよと言葉を信じてませんでした。いつかっていつ?いつくるの?と。そしてそんな言葉を投げ掛けてくれる人が大嫌いでした。
何もわかってくれない。
親身になってくれない。
こんなに苦しんでるのに。でも誰にも分からないんです。同じ苦しみでも自分しか分からない。
とてもくだらないかもしれないけど、死にたくなったら、「自殺した人はまったく同じ人生を繰り返す」江原さんの言葉を信じて、同じ人生繰り返すぐらいなら、生きたい!と踏張ってます。ほんの10数年苦しかっただけ。いつ死ぬかなんて実際分からないけど、まだまだ人生長い。苦しかった時期が、今、私の土台になってます。辛い思いとかしてる人は、乗り越えれれば強くなれる。ほんの些細な幸せがものすごく心を満たしてくれる。
私は、生きたい。
2008-04-28 08:15:28
2 順番がとんだ。
私の父は神様。母は信者。子供は信者になれない奴隷。
私は学校へ行く事も許されるず、遊ぶ事もいっさい許されない、勉強も許されない。それは父がなにも得をしないから。
だから、中学三年間働いてました。
もちろん家出も自殺未遂も繰り返した。
2008-04-28 08:21:58
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